D's Vol.23 殺しの話
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Vol.23 殺しの話

今日、日テレの「甦った闇の死置人~あなたの怨みを晴らす~」という番組を見た。


家族が犯人の私利私欲の為に強姦されたり、殺されたりしたあと、残された者が犯人を極刑に処せられないことを知らされ、途方にくれる。
「法律って一体何なんですか」「私たちに罪はないのに」

そこで「闇の死置人」が登場し、「あなたの怨み晴らします」と言ってお金をもらい、犯人をいたぶりながら殺す。「闇の世界に、法律はありませんから」



率直にまず結論を述べると、殺しが逆に正当化されているんじゃないのか、この番組。



家族が「闇の死置人」に殺しの依頼をするまでの話は、たしかに言葉を失い、愕然とするような内容だった。
犯人を極刑に処したいという家族の意向も、推し量るに堪えない。


だが、もし犯人を殺してみたとする。
その後、問題の解決はされただろうか?
殺された家族は戻ってこない。被害者や遺族が受けた心の傷はなくならない。


話の中では、人道にそむく行いをした犯人は、殺されて当然の存在であり、殺されることで一件落着というような考え方が、番組の根底にうずくまっていた。
タカアンドトシが死置人の設定だったときは、「欧米か」の漫才で、犯人の頭を叩きながら徐々に地中に埋めていくという殺し方を行っていた。


今までタカアンドトシを観て笑わせてもらってきたが、こればかりは笑えない。



考えてもみてほしい。自分の家族が殺された遺族が、自分の家族が殺されたように、犯人も殺してほしいと言う。
それは人間として当然沸き起こってくる感情であるし、本当は遺族にしかわからない感情である。しかし、それを止めるのが、第三者であり司法なのではないか?
殺しが正当化されるのは、日本国内では司法判断により「死刑」に処せられる以外にない。
殺しを殺しで応酬することが正当化されれば、日本の社会はどうなるだろうか。


番組にクレームを言っても、「表現の自由」と一蹴されるだろう。
テレビの世界では、殺しは視聴者にとって小気味よいスパイスとなり、ドラマや映画の中に緊張を与える。
サスペンスドラマやアクション映画を観て楽しんでいる私には、あまり説得力を持ちうる言葉ではないかもしれないが、これだけはいえる。


「殺しは決して正当化されるものじゃない。殺しには、人間としてまず避けて通れない道徳をもって接しなければ、正義の力に屈服して殺しを正当化してしまうだろう。」




いつも思う。物事を一つの見方で見てはいけない。
それは、何事に対しても疑いの目を光らせるということではなく、これはどういうことなのか、これの本質は何なのか、という思考を停止してはならないということである。

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