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Vol.27 地球温暖化という「環境問題」 Part 1

地球温暖化は、今や京都議定書をはじめとした公的な取り決めによって世界的に周知されている環境問題である。
今年の主要国首脳会議(サミット)がドイツのハイリゲンダムで開催されるが、地球温暖化をはじめとする環境問題が主要な議題に上るようだ。



IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、2100年までに地球の海面は9~88cm上昇するという。9~88cmと大きな開きがあるのは、いくつものシナリオを想定した上での誤差だ。
地球温暖化によって予想される影響は海水面の上昇だけでない。ハリケーンや台風の増加、干ばつ、砂漠化、凶作、豪雨・・・。テレビや新聞で取り上げられているのは、どれも恐ろしいものばかりである。


しかし、地球温暖化が進行していることは明白なのに、意外と政府や国民が大変そうな顔をしていないのは何故だろう?実感がわかないというのももちろんある。それに、自分が生きている時代に人類が滅亡することは、まずないと言っていいし。
ここで、多少、というかかなりひねくれた性格の持ち主である私は、地球温暖化問題の裏側には、公にはできないような「何か」が隠されていると考えるのである。



北極の氷が解けると、そこに生息する生物が絶滅する。広大なサヴァナが砂漠化すると、多くの野生生物の生息地域が狭まる。本来熱帯に生息していた生物が、温帯に進出して生態系を損ねる。・・・
だが、酷な言い方だが、たとえ人間以外の生物が死に絶えるとしても、特に人間に対して影響を与えるようなことがなければ、痛くもかゆくもない。だいいち、なぜ地球温暖化が騒がれるのかというと、地球の未来が危ないのではなく、人類の文明が危ないからである。
だから、「地球を救おう」などと言っている環境保護団体は、「人類を救おう」と言い換えなければならない。



よくある環境保護団体の理念には、「人間には生きながらにして生存の権利が与えられているが、自然界の全ての生き物に対しても、同様に生存の権利が与えられるべきである。」とある。
私は、バッカじゃないかと思う。そんなことを言ったら、人間は何も食べられなくなる。
それでも、ある人は「人間が必要最小限の生活を送る上で脅威となる生物だけを排除して、他の生物はなるべく保護しよう」という。とても理想的でかっこいい思想だと思う。
が、私に言わせれば、それは単なるエゴだ。
で、そう主張する人に限って、必要最小限とは、魚介類や牛肉が普通に食べられる生活が保障され、自動車を乗りまわし、暑い日はクーラーで涼んで寒い日にはストーブを使おうと思っている。
それは必要最小限とは言わない。




そもそも人類が「自然保護」なる思想を生んだのは、ちょうど第二次世界大戦も終わる頃、20世紀の半ばからだ。それまで、人類の力に比べて自然の力は極めて強大であり、自然を制御し、保護できるなどとは考えもしなかった。いや、考える必要がなかったのである。人類は自然から生まれ、自然に依存して生きてきたわけだから、現在でも単なる生態系の一員だ。


そして近年、人類の科学技術能力は、ついに地上の自然を完全に破壊しつくせるほどの力を得てしまった。
我々は決して自然を制御できるようになったわけではない。地震の予知、台風の進路予測、天気予報など、自然を分析することはできても、自然を内側から完全に制御することなどは絶対にできない。
しかし、思想は何時でも過激派を生み出す。「自然を保護するのは単に人間のためでなく、自然そのものに価値があるからだ。したがって人間は自然を保護するべきである」と、思い上がりもいいところの人たちが現れたというわけである。



自然を保護するのは、自然のためではなく人類が生き延びるためにはそうせざるを得ないからに決まっている。
我々は人間だ。だから人間はとりあえず特別な存在で、環境問題を考えるときには人間を第一に考えなければ仕方がない。所詮、人間は人間中心主義から脱却することなど、出来はしない。
自然物にも生存権があると考えているのは、結局人間の脳であって、自然物はそんなことは考えていない。



話が長くなりそうなので、Part 2に続きます。

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